世界の食品安全保障の状態
2003年のFAO の報告によると、世界では20億人がさまざまな程度の貧困のため、断続的に食料を手に入れることができない状態にいて、毎年およそ600万の子供が飢餓により死んでいく。つまり、毎日1万7千の子供が死んでしまって、今年の東日本大震災で亡くなった人と大体同じ数値で毎日出てくる。しかも、2007年後半、バイオ燃料の利用の増加や石油価格が1バレルあたり100ドルを超えたこと、世界人口の増加、気候変動、住宅や産業開発による農業用地の喪失と中国やインドの消費者需要の増加は穀物の価格を押し上げた。近年、食料を求める暴動が世界各地で起きている。
以上のデータを見ると、世界の食品安全保障問題は大きな問題であることが分かった。人口増加により2050年には世界人口は90億人に達すると予測されており、もっと食料が必要になるという事である。食料不足の可能性は人々を不安にさせている。どうやって世界中の食料を供給するのか?その数から見積もって 今より30%ほど多くの人数分の食料が必要となるが、農業生産70%も増やさなくてはいけないと言われている。それは世界の人口がどんどんと数の上で増加しているだけでなく生活自体がより豊かになっているからである。生活が豊かになると食べる量が増えしかも生産するのにかなり高いコストが必要となる肉をもっと食べるようになる。
飢餓の対策として食料生産を増やすことだけでは十分なのか:平等な食生活を目指す
以上のデータを見る限り、問題を解決としては、食料生産を増やす方法を考えること、あるいは世界人口を減らす方法などが考えられるだろう。
しかし、世界資源研究所によると、世界で生産された一人当たりの食料は過去数十年において増加している。また、2006年、MSNBCは世界の過体重の人の数は10億人で、栄養失調に悩む人の数8億人より多いと報じた。2004年のBBCの記事によると、世界で最も多い人口を抱える中国では肥満に悩む人が多い。

ここで明らかになったのは、飢餓の原因は食料が足りないわけではなく、食料の配給が世界的に偏っているからである。食べ物が足りない場合は、肥満の人が栄養失調人より多い現象は起こらないはずだ。現時点は、一人当たりの食料生産は上回っている状況にある。問題なのは、もっとも食べ物の必要な人々が、この食料を手に入れることができないのである。
もっともお金を持っている人々は、世界の資源を統制している。上の2割の人は、全世界の85%の富を支配している。下の2割は、1.5%の富しか持っていない。飢餓の問題は、貧困の問題と大きく関わる。グローバリゼーションが進んでいる今日の世界では、世界の隅で起こっていることが世界的に影響をもたらす。バイオ燃料の利用の増加や石油価格増加によって、食料値段ももちろん影響される。飢餓は、食べ物がないわけではなく、ある食べ物を買えないことが原因となることがほとんどである。悪い配給がこの状態に加え、食料の値段が上がり、最も食べ物の必要貧しい人々が一番影響を受ける。

私は今まで、食べ物のない状況を実感することはない。明日何を食べるのが分からないという心配は、私にとっては全然なじみのないことである。しかし、世界中には少なくとも10億人が食べ物のない心配を毎日直面する。私は毎日何を食べたいのか選択できる。しかも選択肢が山ほどある。カレーを食べたくなれば2分歩いたら家の近くにおいしいインド料理のレストランがある。チーズバーがやポテトを食べたいなら、近くにマックがある。ちゃんぽんだったら、冷蔵庫を空けたら冷凍のちゃんぽんを電子レンジで3分チンすればすぐ食べられる。しかし、世界の10億人はこんな余裕を持っていない。私みたいな生活ができることは、たぶんその人たちにとって一生の夢であろう。私は、平等な食生活を世界中の人々に与えたい。
自分でもできること
平等な食生活を世界中の人々に与えたいなら、では、自分たちは何ができるだろうかを少し考えてみたい。もちろん、世界の貧困を解決するのができれば良いが、われわれ一般人は、一人ではそんな権力を持っていない。しかし、力を持っていないわけではない。小さいことでも、みんなでやれば必ず大きなことになる。平等な食生活の理想を少しでも近づけることを述べたい。
1. 食品ロスを減らす
日本では、年間約1900万トンの食品廃棄物が排出されている。そのうち、まだ食べられるのに捨てられてしまうもの、いわゆる「食品ロス」が500万から900万トンもあるといわれている。食品ロスとなっているのは、売れ残りの商品や期限切れの食品、食べ残しや余った食材など。また、家庭では、調理するときに食べられる部分を過剰に捨てていることも食品ロスにつながっている。
500-900万トンは小さい数値ではない。1年間9,000,000,000kgの食品を無駄にすることは、大問題ではないだろうか。平均的に一人の人が必要とされる食品はおよそ2kgであるといわれているので、これだけの食品をセーブできれば、1年間約10,000,000分の人の食品を無駄にしないことができる。しかもこれは日本国内の数値だけである。世界の人々が協力すれば、600万の飢餓で亡くなった子供たちの命も救われるはずである。
身の回りでも多く見られるのが、食べ残しである。これは個人で努力できることだと思う。食べきれないと思ったときは、「小盛りできますか?」など注文時に思い切って聞いてみるとか、本当に食べきれないときは持ち帰るという工夫もある。
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食品ロスとなっているもの
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発生量
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小売店
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新商品販売や規格変更に合わせて店頭から撤去された食品(定番カット食品)
期限切れなどで販売できなくなった在庫 |
300~500万トン
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食品メーカー
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定番カット食品や期限切れ食品などの返品
製造過程で発生する印刷ミスなどの規格外品 など |
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レストランなどの飲食店
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客が食べ残した料理
客に提供できなかった仕込み済みの食材など |
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家庭
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食べられる部分を捨てている
食べ残し
冷蔵庫などに入れたまま期限切れとなった食品 など |
200~400万トン
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2. カロリー摂取を減らす (肥満予防)

過剰のカロリー摂取により、現在の日本ではおよそ25%は「肥満」という領域に入っている。肥満は言うまでもなく、健康に様々な悪影響をもたらすことは知られてきた。食事をほどほどにすることによって、自分でも健康を保つこともできえうだろう。
カロリー摂取を減らすことによって飢餓問題の解決できることとは言いがたいが、少なくとも食料の配給のインバランスをちょっとだけ良くなるではないかと思う。余った食料はもっと必要とされる国に援助したり、要求が減ることによってもしかしたら食料の値段も減少するだろう。もちろん要求が減少すればまた他の問題が出てくる可能性はあるが、25%の日本人が肥満の状況にあるのが事実である。肥満予防は、飢餓問題に関係なく、やらないといけないことであると思われる。肥満問題を解決しながら、食料の配給インバランスを直して、世界の飢餓も直れることを期待したいものである。
3. 肉の要求を増加させない
食事のとき、肉ばかり食べる人はよく見られるではないか。以上も述べたように、肉は生産するのにかなりコストが高い食べ物である。動物を飼うのに餌として植物が必要だからである。食べた植物はすべて肉になるわけではないので、エネルギー交換率から見れば植物を動物に食わせて動物を食べることは、直接植物を食べるよりどうしても効率が悪い。これは自然界の決まりである。
もちろん、肉はおいしいし、栄養もたっぷり食べ物であるので、食べたくてしょうがないと思う。 人間はそういうふうに進化してきただから。ただし、肉ばかり食べるのような偏食も良くない。飢餓問題の観点からは特にそうである。現在50%の穀物の生産は家畜の餌になる。その穀物を植えるためにもちろん土地がいる。肉の要求が増加すると、餌用の穀物を植えるために必要な土地面積ももちろん増えて、実際人間が食べる穀物の生産できる面積も減っていくだろう。
肉を食わないまでは言えないが、他の優れたタンパク源を食べても良いだろう。ひとつあげられるのが大豆である。植物由来なので、肉よりもエネルギー的には効率よく生産できるだろう。その他、野菜や果物をいっぱい食べよう。健康的にも良くて、野菜を食べることによって肉の要求増加を抑えることもできるだろう。
4. TFT (Table For Two) に参加する
九州大学の学食にもよく目にするTFTは、開発途上国の飢餓と先進国の肥満や生活習慣病の解消に同時に取り組む、日本発の社会貢献運動である。仕組みとしては、対象となる定食や食品をご購入すると、1食につき20円の寄付金が、Table For Twoを通じて開発途上国の子どもの学校給食になる。20円というのは、開発途上国の給食1食分の金額で、つまり、先進国で1食とるごとに開発途上国に1食が贈られるという仕組みであるそうだ。

このような活動だったら、誰でも容易に参加できるではないか。やるべきことはただTFTの対象定食を食べに行くだけ。支援する側とされる側の双方にメリットもあって、自分が健康な食事を食べながら、向こうの子供たちも栄養的な食事ができる。まさにインバランスの突破するような仕組みである。しかも、毎日食事をするので、これは日常的に一番実現可能なことではないかと思う。
20円は少ない金額のように見られる。生協でコーラを買っても140円が必要。そのコーラ一本で、7人の子供たちが食事できる。全国の日本人が1日1回このプローグラムに参加すれば、毎日20億円が集まれる。2,000,000,000円。 これだけのお金があれば、どれぐらいの貧しい人々を食べさせることができるのであろう。
まとめると、身の回りでも、小さな、自分でもできることが色々ある。小さいことでも、大勢の人が同時にやれば、その影響はもちろん大きくなる。食料と栄養の科学は進歩していて、21世紀の食生活はいい方向に向かうことを信じているが、その食生活をいかにすべての人々に与えられるかすごく重要となると思う。用は、みんなの一人ひとりの意識である。平等な食生活を誰でも得られる世界ができることを強く願っている。